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エデンのリンゴを食べた人の子孫と食べなかった人の祖先
昨日風呂で頭を洗っていて
イノセンスのキムのたっ君の好きな台詞を思い出したんです。
『人間はその姿や動きの優美さに、いや、存在に於いても人形に敵わない。
人間の認識能力の不完全さは、その現実の不完全さをもたらし
そしてその種の完全さは意識を持たないか、無限の意識を備えるか
つまり、人形或いは神に於いてしか実現しない』

『我々の様に自己意識の強い生物が決して感じる事の出来ない
深い無意識の喜びに満ちている。認識の木の実を貪った者の末裔にとっては、神になるより困難な話だ。』

以上引用終わり。

認識の木の実ってなんだ?
ようするに旧約のエデンのリンゴの事ですよね。
ここでピコーン!ときたんです。
まず旧約の物語が創作かどうかではなくあくまで人間の脳や哲学の比喩的寓話というのを前提として
本当にエデンにいた人間が2人だけだったのか?
最初の2人は彼らかもしれないけどストックとして後数人くらいは作ってたかも,
そしてそいつらは
リンゴを食べなかったので失楽せずエデンに残った。
リンゴを食べなかった人たちについては阿部寛の奇談という映画がありますので
それも面白いですがその映画と原作の『生命の木』ではリンゴを食べなかった人の子孫たちは
別の木の実を食べて知的障害者の集団として描かれていましたがあくまでそれは異質と言う意味であり,
比ゆ的なもの程度としてとどめていた方がいいです。

結論から言いますと定型発達と発達障害(障害ではなく特徴なのですが用語として障害と書きます)
の遺伝子はここで分岐したのだと思います。
失楽した2人の子孫が定型発達,エデンに残った奴らの子孫が発達障害
そして何らかの形で混血したグレーゾーン。
そして今いる人間社会は定型発達の作った社会であり,天国やエデンではないが
とりあえず便利でなんとか命の保証もあり生きることはできる社会。ただし
不安定さはある。
これがキムの言う認識の木の実を食べてある種の歪みもある知性を付けた定型発達の作った社会。


僕はこの事を急いでSNSの哲学仲間のマサムさんに相談しました。
そしたら意外な答えが返ってきました。
「定型発達の人間の負の側面は『怖い』から『見過ごせない』とおもってしまうこと」
だと言うのです。
異質なそれを怖いから理解できない,理解できなきゃ離れてりゃいいのに
自分達と殺してしまうか自分達と同じ形に矯正してしまおうと。
それが薬だったり療育だったり発達障害者向けの自己啓発だったりするわけでしょ。
アルビノの児童や社員の髪の毛を黒く染めるように強制するようなものです。



エデンのリンゴの中身は認識や知性。
こうして人間は知恵を付けることができたけど結局それは中途半端なものだから
不完全な社会の形成を生み出す。
絆だなんだと言う割には自覚があるいじめをしたり
誰も見てないからと傘パクをするわけです。
それでも人間のおかげで電気が使え安全な食料も手に入ることができました。
悪い事ばかりではないですが完全なる善でもなければ悪もない『人間だもの』。みつを先生の言葉です。

ああやはりその中途半端さがニュートラル(中庸)の不完全さや不自然さをは
逆にロウやカオスから見ると明らかに多数派のニュートラルの方が異質なんですよ。
僕はなぜあの時ロウのメルカバー(ヨナタン)とカオスのルシファー(ワルター)が人間と三者で
会議することになったのかは納得いきましたし

本来対立同士である彼らは合意し共同戦線を張り,

人間だけがちょっと待て!とさわいでいたのもやっぱりピコーンときました。

秩序の象徴ロウと混沌の象徴カオスは対ですが共通点としてぶれてはいません。
0か完全かでものを考えるアスペルガーの世界です。
そういう根っこの部分はおんなじです。だからお互いのことを理解できるし
もし理解できなければそこは触れない。ツッコミ入れない。
アスペルガー症候群の人とADHDの人が仲良くできるのはそこです。
実際たっ君のSNS仲間はADHD当事者や関係者,家族,が多いです。
つまりたっ君は自らはロウでありながらカオスの仲魔ともお互いを尊敬してやっていく
ということを考えます。彼らを無理にロウに引き入れたりしないし彼らもそう言うヴァカはやらない。

そういう二元論的な枠組みの中でいきなり多数派に増えてしまったニュートラルが
定型の人間様です。
彼らは二元論でものを考えてしまうので口では『復讐は何も産まない』とか他人の不祥事を許せない割には
平気で傘パクしたり機嫌によって意見がコロコロ変わるのです。
ついてけないし『理解できなければそこは触れない。自分から絡みに行かない』という
選択肢を僕がしているのにもかかわらずからみにきたり何かしようとしてきます。
それがいじめだったり良く分からない療育だったりします。善意や悪意は関係ありません。
余談ですが『相手の立場に立って考えなさい』はニュートラルな人間様の台詞ですが
エスパーでもない限りそんなことは無理です。相手の立場に考えて,といってもあくまで
自分の立ち位置や想像力の域を出ないのですから。
善意だろうと悪意だろうと受け手が嫌だ!と思ったらアウト,です。

中途半端な興味やだまされそそのかせられやすさから,『やるな』と言う事に平気で手を出すのは
リンゴを食う前から度厚かましかったのです。定型の人間様は。
たとえそれが多数派だとはいえ思想がブレるって碌な事がないねというお話でした。



…うぜぇわ。(ここで急に言葉が悪くなった)
そんなぶれまくりのやつが理解できない相手をどうにかしようとしたり怒ったりいじめたりするから
こっちが被害受けて大多数の大人しい人達は鬱になったり定型の人間様のシステムについて
けなくなって健康が破綻したり
少数派のおとなしくないたっ君のようなタイプは怒りだしたりするんでしょうが。
で,結果それをなんとかしようとさらに人間様が手を加えたり見当外れの分析ばかりして火に油を注ぐのです。
それが腹立たしいし僕も今のシステムの被害受けまくって
抵抗したりやり過ごしてのたうちまわってるから今ブログでこうやってしゃべってそれを
防ごうと頑張ってるんです。
早くこんなセリフを言ってみたい。
imageslcn.jpg
ってたっ君が↑みたいな台詞を吐いてラプターのジェットモードになるか
スラオシャならともかく
DLQ1.jpg

セラフみたいな何の生き物とも言えない
よくわかんない形のなにかになったら人間どもはどんな顔するだろうね?
3aaa.jpg


多分「わかんねぇよ!…でも(以下テンプレ的綺麗ごと)」
とか絆がどうとか仲間とか言うんだろうね…。
あるものはへんてこな形になったたっ君を写メして見世物にするかもしれない。

でもたっ君はたとえ対立することになったカオスの存在でルシファーやアンリマンユになった奴とは
お互い根っこは理解しあって笑顔で向き合うと思う。
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テーマ:発達障害 - ジャンル:心と身体


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