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たっ君極地を探検する 技術編
たっ君は今回の任務で朝の6時台の新幹線で東京駅に飛来しました。
んで以前から気になっていた立川市の
国立極地研究所内の南極北極科学館に行ってきました。
たっ君はもともと北極の北西航路の冒険談を聞くのがすごく好きで
アムンゼンはやっぱり凄い奴だと思うし
そこから去年もまーたんのイベントの時に東京で宗谷を見学して
南極探検にもすごく興味を持ったのです。

アクセスは東京駅から中央線で立川と言うところにおりてそこから
多摩モノレールと言うカーゴで1駅で高松と言うところでおりてすぐです。
(カーゴ=たっ君を輸送する場合たっ君は人間ではなく貨物扱いになります)
モノレールと言うからすごく楽しみにしていましたが普通の大阪モノレールと一緒でした。

で、無事に行ってきました。
小さな建物ですがここには極地研究の資料がたくさん詰まっています。
入場料は無料です。
あとスタッフの人も感じがよくて居心地がよかったです。
実は無料と聞いていて行く前はすごく不安でした。
だって無料ってことは中がしょぼいんじゃないかと。
ところがどっこい3時間くらいたっ君楽しめました。
スタッフの人も『朝早くに入ったっきり
全然帰らないし何がこんなに楽しいんだかこいつはアホか』と思っているかもしれません。
それくらい楽しい場所です。
立川市なんてなかなか来れないですしね。じっくり見ますよ。

では中へどうぞ。

正面には巨大なホッキョクグマがいます。

『人を襲うこともあるよ!北極で見かけたら近付かないでね!』
と書いてあります。
うーんそういう状況になる日本人は少ないと思います。
CIMG0044.jpg
しっぽはこんな形です。

では館内へ入ります。


そもそも南極へ行く人達は一体何をしているのか?
ようするに現地で生態系や地質や大気の調査をしているわけですが、
その中でも大切なのが二酸化炭素の調査です。
ドリルで古い地層の氷を掘削、分析して大気の成分を調べます。

こんなドリルでゴリゴリ掘って古い氷を抜き出します。
深さは大体3000メートルくらい掘ります。おそらく最深部の氷床は75万年くらい前の
ものになるかと。
世界で最初である類人猿のアウストラロピテクスが最初にあらわれたのは400万年くらいですが
北京原人が大体50万年前と言われていますから
75万年前は果てしない時代です。
その時代の氷を掘り出すわけです。
CIMG0045.jpg
抜き出した氷から分析して分かることはやはり氷河期と間氷期の
二酸化炭素の濃度がはっきりと分かれていること、同時にここ30年くらいで
過去からの二酸化炭素の濃度がどんどん増えているのが分かります。
北極は人間や動物がたくさん住んでいるので影響を受けやすく極地でも短期間で
二酸化炭素の濃度が頻繁に上がったり下がったりしています。
南極はそれに対してゆっくりと上昇し続けています。
あと、北極と南極では二酸化炭素の濃度の変化にラグがあり、北極よりも南極の方が
変化が後でおとずれるのです。
僕は大学の時農業気象学と土壌学は苦手でしたのでこのあたりは
あまりうまく説明できません。す『ま』みせん。

なお、この氷床の掘削作業はドームふじと言う日本の南極基地の出張所みたいな
ところでやります。最低気温は-79度と言うのがあったそうです。
ご苦労様です。



CIMG0050_20160121135023f7e.jpg
これは明治45年日本人で最初に南極に降り立った白瀬矗が使っていた金づちとすりこ木です。
白瀬矗というのは宗谷を見学してから知った探検家ですが、まさかご本人使用の道具が
見つかるとは。

CIMG0047.jpg
戦後、1956年日本は宗谷に乗って初めての南極越冬を目指します。
これは第一次越冬隊のコスチュームです。


CIMG0052.jpg

初めての南極基地では余りの寒さのために持ってきた乗り物などがうまく使えなかったりして
えらいめにあいました。
その時に役に立ったのは樺太犬たちが引く犬ぞりです。


CIMG0048.jpg
この電車に戦車のキャタピラが付いた乗り物は南極の極点へ向った時の雪上車です。
日本の昭和基地は南極大陸の北東にあり、南極地点まで片道2600km往復5200kmの距離を4か月以上
かけて旅をして到達したのは1968年のことです。
なーんにもない南極の道を女っ気もなし娯楽もなし…インターネットもない生活。
ごめんなさい、たっ君は耐えられません。想像するだけで恐ろしいです。
小松製作所製です。

CIMG0049.jpg
今でこそゴムですが当時は鉄のキャタピラでした。
たっ君指でつついてみましたが本当に鉄でした。



CIMG0053.jpg
中へ入ってみますよ。


CIMG0054.jpg
天井は160cmもないと思います。
たっ君のような大柄男子は注意です。腰をかがめても頭が付きます。


CIMG0057.jpg
運転席です。電車の運転席みたいです。



CIMG0055.jpg
簡単なキッチンがあります。


CIMG0058.jpg
燃料タンクです。雪上車が引っ張る荷物のほとんどが燃料です。
もうほとんど燃費悪いです。


CIMG0060.jpg
現在の越冬隊員の皆さんのコスチュームです。
第一次越冬隊のものに比べて軽そうです。



CIMG0061.jpg
昔は越冬隊の家は掘立小屋みたいなものだったそうですが
現在は改善されています。
現在の越冬隊の皆さんの1人当たりの平均的な個室です。
ミサワホーム製です。
靴を脱いで上がってみましょう。
部屋は1人当たり4畳です。引き出しがたくさんついています。

施設にはお医者さんやコックさんもいます。
なにしろ1年間をそこの施設で過ごすのですから一つの村みたいに
なってきます。


これにて前半の紹介は終わりです。
引き続き後半をお楽しみ下さい。
後半はみみさんも大好きな極地の動物たちも登場するよ!

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テーマ:美術館・博物館 展示めぐり。 - ジャンル:学問・文化・芸術


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