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なぜ人間はchat GPTにとびついたか&たっ君 神とは何かと言う急にスケールのでかい話をする
最近日本人の間でchat GPTというものがはやっているらしい。
AIに相談したり質問をするシステムなのだが
いまいちどういうものか知らなかったけど
ヒーちゃんがこれでAIに曲のタイトルを考えてもらった!と喜んでいたので
そういうツールなのかと理解した。
多分ヒーちゃんの過去の曲のタイトルを入力してそこからそれっぽい単語を
生成するスクリプトみたいなもんか?
だから相談事をしたときにその中の単語から関連する単語を過去のデータから
引っ張り出して文章にしているというものだ。
ただそのデータベースにある単語の容量が人間の頭とは比べ物にならない膨大だってことだ。

でもたっ君は今はいらないかな。特に相談事や質問事はないし。
しらないことがあればネットや専門書で調べるけど『相談』はしない。
たっ君はスマホのgoogleアシスタントですらうるせぇ!と電源切ってるくらいだからな。
唯一役に立ったのはdon omarの新曲のタイトルが分からなくてスマホに向かって曲を流して
タイトル教えてもらったときくらいだ。

そもそもなんでそんなに相談したり他人に決めてもらいたがるんだろう。
ヒーちゃんが曲のタイトルを決めてもらうのはいよいよ単語のネタが尽きたからAIの
データベースを借りているだけだし曲自体はヒーちゃんがちゃんと弾いてるからいいけど
昼飯に何を食うから人生相談までとかあるいは科学者が自分の論文を添削してもらうとか
そうなるとさすがにそれは「?」と思ってしまう。
自分で考えて決めて行動しようよと思ってしまう。

これは人間が宗教を信仰したり占いに行ったりスピリチュアルにはまったり
頭ごなしの法律や校則に疑問を持たなかったりするのと同じだ。
日本人は宗教意識が低いからすがるものを求めてしまうのでそういうなのにひっかかりやすい。

たっ君は『信仰がないだけで無神論者と言うのとはちょっと違う』と思っていて
そもそも神がもし存在するとしたら宇宙や自然や人体のシステムのことであり
そこに人格や意思は存在しないと思っている。
たっ君の昔から好きな言葉に『神は永遠に幾何学する』
というのがってこれはプラトンの言葉らしいと最近知った。


で,調べたらたっ君と同じことを言っている人はすでに17世紀にスピノザというオランダの哲学者がいて
汎神論というらしい。
0731231.jpg

神は万物に宿るシステムであり人格のある擬人的なものではないということなんだけど
ここで万物=神というキーワードで
日本で言う八百万の神とか物には神様が宿るという信仰に近いのかな?というのは
岡田監督でいうところの『何か(考えが)浅いな』である。
たっ君がフォーカスしているのは神の数ではなくその神は擬人や人格がないただのシステムや
プログラムに近い何かということだ。
だから日本人が古事記の時代から良くやる八百万の神とかいって人格やキャラ付けをしている時点で全く違う。
メガテンやモンストと変わらん。
それを思うとアラーの姿を視覚化禁止のマホメットのやり方はものすごく合理的ともいえる。

たっ君の言葉で言うなら
ようするに宇宙や自然や人体のシステムを現時点すべて理解できていないそれ=x=神なのだ。
そのxの解は1つしかないのかシステムによって複数存在するのかはしらんがそういうことだ。
アホガキだから分かりにくい説明になってるけどそういうこと。
ただのシステムのプログラムだから信仰やリスペクトの対象ではない。
よってたっ君の『信仰はない』。
『存在を信じるかどうか』と『信仰』は別だってのはわかるよな?

たまに偉いお医者さんである日突然熱心なキリスト教徒になってしまうのは
臨床や手術をかずをこなせばこなすほど人体のシステムにぶちあたってしまって
しまい『神は存在する!』とリスペクトしてしまって信仰になるパターンだと思う。

たっ君がchat GTPに興味がないどころかgoogleアシスタントは切ってるし
アレクサもいらないのは
たっ君にとってそれはただの膨大なデータでありリスペクトする存在や物事を相談できる先生ではないからな。

まぁ何が言いたいかと言うと
人は時として不安があったり困るとそういう「わからないもの」「みえないもの」「自分よりもすぐれた何か」に頼りたい
助けてもらいたいといきもちがある。それはたっ君も周りの大人に助けを求めるのも気持ちはわかるからさ。
ただそれを自分の自由意志や思考を左右させるほどじゃねぇんじゃねぇかっていうのがたっ君の意見。
こんだけだらだらしゃべってそれが言いたかっただけ。





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テーマ:哲学/倫理学 - ジャンル:学問・文化・芸術


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