ALFEE大好き,Kamijo&Jupiter&EMIRUちゃん大好き,Kaya大好きでTakamiyとMarty Friedmanが激らぶなロリィタなドールサイト管理人のブログです。イラストあります。



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杉浦達哉

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    ○THE ALFEE(桜井=27番美白,坂崎=21番褐色,高見沢=16番美白)とMarty Friedman(36番美白)のお人形(フルチョイスSD)を扱ったサイトを運営しています。サイトの方にも遊びに来て下さい。僕についてもう少し詳しいプロフィールはここ
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ピンクのメロンパーン
スーパーに行ったときにそうだメロンパン買わなくちゃ!と思い出した。
できればピンクのメロンパン買いたいよ。

でもいちごの季節じゃないからピンクのはないと思うから
普通のメロンパンでもいいかーとキョロキョロしてると第1発見したメロンパンが
なんとピンク!ピンク!
Kamiのピンク!
いちごの季節じゃないのになんでーと思ったら桃のメロンパンだった!

なんかもう…この商品メロンパンって書く意味ないよね?
でも一応メロンパンって書いてあるのだ。
そしてこのオイシスのこの系統のメロンパンシリーズはうまいのを知っているのだ。
とくに冷やすとうまい。(たっ君はよく菓子パンを冷やす)
お値段税込138円でちょっと割高だけどこれも偶然とは思えないので買っておいた。
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実際はもうちょっと濃い色だよ。
開封するとかなり桃のにおいが強い。
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中身は和歌山県産ももを使用した桃クリーム。
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見た目もにおいも生地の味もクリームも全てがthat's 桃です桃!って感じの商品です。
…やっぱりメロンの要素がどこにもないよね?
もともとメロンが好きじゃない僕にはこれの方が嬉しいかな?
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今日はメモリアルデーですね。
今日はメモリアルデーですね。
言うまでもないです。
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こういうターバンで髪の毛をアップにした髪型ってありますよね。
ちょっと昔のアメリカっぽいの。

みんなメロンパンは用意しましたか?
kamiのイメージカラーのピンクのメロンパンがあればなおよしですね。
twitterでもkoziさんやお兄ちゃんが昔の写真を出して盛り上がっています。
koziさんとkamiが温泉に入っててkamiはkoziさんより
肩幅が狭くてだいぶ骨格や肉のつき方が丸っこいね。
しかしkoziさん当時からタトゥーあるのによく温泉入れたね…。

お兄ちゃんはどこで漁って来たのかkamiの白黒写真を大量に持ち出し。
高校時代の写真なんかもあってkamiのいた高校は学ランの学校だったのかー。

当時のことはもういろいろ話つくしてしまったので今さら追記することも
ないですが…。
実際このことが僕の人生に最大のショックを与えてしまったことは事実です。
余りにもショックが多すぎてそれ以降のことは普通の人にとってはしぬほど大変なことでも
たっ君には『ほーん?』としか感じられないようになりました。


ところで最近よく『理念』という言葉を聞きますがこの言葉,たっ君よく分からないし
大嫌いな言葉ではないもののそんなに好きな言葉ではありません。
要するに企業のコンセプトみたいなもんですよね。
たっ君が10代の頃,会社の経営者を目指すコンセプトは
世界をハッピーにしたいだの
たくさんのありがとうをもらうだの
世界平和だの
そんなものではありません。



もしそんなものがあるとするならば
『ただただKamiを楽させてやりたい』
というのが最大の理念です。
その次が
『香港に別荘を買って休暇を過ごし老後はそこに住む』
でしたけど。
maliceが全盛期の頃からKamiは横浜アリーナが終わったあたりから疲れて来ていたみたいで
『仕事を続けるより専業…』
みたいなことをぽつりと言っていたので当時ガキだったたっ君がそのまま鵜呑みにしただけです。
科学者としての大学院進学をすっぱりあきらめ,経営に興味を持ちます。

KamiがいなくなってKamiに楽をさせてやると言う理念はある意味無効になってしまった
僕ですがその後の僕の理念と言うものがあるならば
『いい車に乗りたい』
『おもちゃや服が次々欲しい』
『いい女を抱きたい』
『やっぱり香港セレブになりたい』
『まーたんにいいかっこしたい』
みたいな非常にクズでカスな思考です。
でも実際僕はその思考だけで何年も経営者やっていますし会社は倒産していないので別に
そんな理念でも会社はどうでもなるのです。

そしたら僕と同じようなことを書いているコンサルタントの文章を見つけました。
理念なんてかっこつけるよりそいつの本音の欲望は何か?
最初の欲望があって動き始めて仕事が安定に乗ってくるとそこから
次に進めるのでそこで『俺はよのため人のため何ができるか』考えるようになれるんだ。
だからまずはいい車が欲しいとかもてたいとかそんな理由でもいいんだよ
って書いてました。

だから僕もまずは専業希望のKamiを楽させたかったと言うのがあります。

その反面たっ君はほっとくと丸一日飯を忘れたり冬に半袖のパジャマを着ていたり
めんどくさいのでいつまでも穴の開いたトランクスや靴下をはいていたりそう言う疎さがあります。
だからこそKamiのような家事が上手でそういうところがきちっと気が付く人が
ついていないととても危ういのです。
よく『夫は私のことをカーチャンだと思っている』と文句をぷりぷり言う人がいますが
確かにそう言う旦那は情けないと思います。
でも僕のように仕事の過集中いがいはなんにもできない気が付きにくいタイプの人は
やっぱりそういうカーチャンみたいに面倒を見てくれて尻に敷いてくれるような人が
いい場合もあります。
その代わり僕は必死に仕事に集中してどうにかお金を運んでくること,
それ以外は家のことには一切口を出さない。
だからこそ『家にお金さえ運んでくれればなんでもいいけど』と割り切って
家事をしてくれるような,だけど稼ぎが悪いと容赦なく尻を叩く
Kamiみたいな人がいいんですよ!
飯を食い忘れないようにちゃんと弁当を持たせていつまでもよれよれのパジャマや
穴の開いたトランクスや靴下だと強引に引っ張って脱がしてでも新しいのを着せないと。
普通の人には絶対に分からない感覚だろうけどたっ君はそういう人でないと
対処はしきれません。

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お兄ちゃん誕生日ですzo
今日はたっ君のお兄ちゃんの誕生日だよー。
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みんなでカレーを食ってお祝いするのだ!
お兄ちゃんはカツカレー(中辛)
たっ君はハンバーグカレー(甘口)だ!

最近はたっ君以外でもお兄ちゃんのことをお兄ちゃんと呼ぶ人が増えて複雑だ。
Kamijoまでお兄ちゃんと言ってて笑った。
まぁお兄ちゃんは3人兄弟の長男なのでもともとお兄ちゃんなんだけどね。
一体日本中、海外でもどれくらいの弟や妹がいることやら…。

ようするにたっ君だけじゃなかったってことは根っからのこの人は長男属性なんだと思う。
たっ君が一人っ子なのに根っからの末っ子属性なのと同じで。
もうmaliceで可愛い服着てた頃からお兄ちゃんはお兄ちゃんだった。
そういえばお兄ちゃんはmaliceの初めの頃、女装したり短いスカートの服を着るのは
本当はすごく恥ずかしくて嫌だったって言ってた。
今になっていろいろそういうお兄ちゃんの告白が聞ける。
本来すごい男性的な人だから抵抗があったんだろうね。
でも逆になんでもやってるって男気があったからあの大きなブームを作り上げたんだけど。
そしてあの頃のお兄ちゃんがいなければたっ君もこんな服を着ていない。




ただ、お兄ちゃんはmaliceの頃のかわいい服着てかわいいキャラより今のmoi dix mois
で『腐腐腐…私は地獄の魔王だ!』とかいってるほうがイキイキして楽しそうだ。
可愛いキャラから最初にmoi dix moisで普通に男の服で登場した時他のmaliceファンはびっくりしただろうけど
たっ君は逆に嬉しかった。
なんでかっていうと本当にお兄ちゃんがやりたかったのはこれだったんだって
なんとなく分かってたから。だから生き生きしてるのが分かるし嬉しいんだよ。
実際maliceよりもmoi dix moisは長く活動している。
koziさんとYu~kiさんと3人でやる時も昔の可愛いキャラじゃなくて地獄の魔王のままだけど
みんながそれを受け入れてるのがいいしそれが当然だと思う。

今お兄ちゃんのブログやtwitterのおしゃべりしてるのを聞いて
やっぱりmaliceの頃の『かわいいmana様』はかなり無理してたんだなぁと思う。
今の『実は俺はスヌーピーが好きなんだよな…』
とか
『甥や姪と遊ぶのは楽しいね!』
とか
『お前ら!明日はliveだ!うなぎやステーキで精を付けろ!うまいぞ!』
とか
『お前ら!イベント当日は行列で冷えるからな、ヒートテック着用しろ!』
いちいちおかしい。
きわめつけは
『お前ら!プレゼントにサイズの小さい服を贈ってくるんじゃない!こんな細いTシャツ
はいらねぇだろうが!』
と正直に言ってしまうのと
『俺が着てるmoitieの服は俺用サイズに作ってあるから!売ってるあのサイズが着られる
わけないからな=3』
と盛大にネタばらししてしまったこと。たっ君もずっと気になってたんだよ。
あのデカいお兄ちゃんがどうやってあんなサイズの小さい服着てたんだろうって。気になってたから
お兄ちゃんの方からネタばらししてくれた。
でもそんなところが大好きなんだよ。
Horaえもんが以前お兄ちゃんことを
『あの人はステージと違って普段事務所に行ったらめちゃくちゃよくしゃべる』
とネタばらししてたっけ。

でも同時に隠遁しているyu~kiさんに声をかけてあげたり
震災で不安なファンに『連絡してこい!』と言っちゃうあたりあーやっぱりこの人はmaliceメンバーや
moi dix moisのお兄ちゃんでありファンのお兄ちゃんでもあるんだなぁ。と。



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kamiと僕のこと
今日はkamiの誕生日。
生きていれば40をちょっとすぎたくらい?
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昨日の夜はお兄ちゃんがKamiとの思い出を語ってて。
でもKamiはGacktの面倒を見たりKOZIさんとつるんでるイメージがあるけど
本当はお兄ちゃんと話すときのKamiはとても幸せそうだったよ。


ちょっと今から痛い話をするけど、もしよかったら聞いてほしい。

なお、批判は絶対受け付けない。

僕は最初大学を決めるとき、研究者になるつもりで農学部を選択した。
子供の頃から僕は物心ついたときから闘争本能が強い性格で、
何かをするにも山師(コツコツ働かずに一攫千金で稼ぎたい。
ローリスクローリターンの生活をするくらいなら短時間で働いてハイリスクハイリターン
を選ぶ)的な性格があって

そこから僕が考えたのは
たとえば臭い果物を品種改良して臭いを消す、
めんどくい皮や種を消す果物を作ったり高級果物や高級茸を大量生産する方法を考えて
大儲けしてやる!大儲けすれば高い車に乗れる、香港に別荘が買える、俺みたいなブサメンでもいい女が抱ける、
と考えていた。

当時たっ君の学校の成績は大体が2ばっかりで理科=生物だけが5、つまり学年トップだった。
たまたま当時の生物の先生が定年退職した大学の先生だったので僕はこの先生から
遺伝子のこと、品種改良のことについて学んだ。
先生も僕に当時の自分の研究についてあらゆる知識を叩きこんでくれた。
他の成績はボロボロでたとえいい大学に入れなくても専門に特化した大学に入って
研究ができる。それしか考えてなかった。
とりあえず大学には入った。
もちろん果樹園芸専門の研究室に入った。
さっきも言った元大学教授の生物の先生が鍛えてくれたおかげで勉強でついていけないということは
なかったがなれない大学生活に
体を慣らすことで精いっぱい。当然体力のないたっ君は苦労した。
こんなんでたっ君は将来研究者になれるのか。
そのときに『ああ無情』かなにかのときにKamiが『自分は仕事を続けるより家庭に入りたい』
みたいなことを言った。
綺麗好きで料理上手、自分が主役になるよりいつもお兄ちゃんを立てて女房役のKami
らしい発言だったから僕はそのことは全くおかしいことだとは思わなかった。
それを聞いた僕は初めて落ち着いて物事を考えるようになった。
だったら山師みたいな一攫千金みたいなことを考えるより安定した一定収入があり、
平均以上の収入を得られる仕事がいいんじゃないかと。
…そうだ、社長だ。俺は会社の経営者になればいい。
果物や果物加工品を売る会社をつくろう。
そうなればKamiを社長夫人にしてやれる。
ものすごく短絡志向だったがそう考えた。
さっそく僕は自分でどういった会社を作りたいか、資金はどうするか、雇用はどうするか、
それらを自分なりに考えて、普段大学でよく僕に声をかけて話しかけてくれる
若い講師に相談した。
すると『タッちゃん、それだと農業経済学部に入ればよかったね』と言われてしまった。
確かにそうかもしれない。僕は経営学や経済学は得意ではない。
講義中もいままで宇宙語のようでなんにも聞いていなかった。
それでもどうにか最低限の知識は身につけねばならぬ。たっ君は農業経営学、
農業法律学もがんばって勉強を続けた。
いつかKamiに渡そうと指輪を買った。Kamiのイメージカラーのジュエリーがいいと
ピンクのさんごが形どられて中央にダイヤが付いている。
当時ジュエリーショップで2時間ねばって途中で店長が喫茶店の出前を取ってたっ君は
青りんごソーダを注文してねばってねばって値切って17万円で買った。サイズは9号だ。
もちろん現金一括で買った。もしサイズが合わなければ無料で直してあげると店長は言った。
学生の僕にできる最大限の金額だった。
人生が楽しかった。周りの人間なんてどうでもよかった。
俺は社長になる。365日24時間働いて稼ぎまくる、いい車に乗る、香港のビクトリアピークに別荘を買いたい、
なによりもKamiを社長夫人にしてやれる。Kamiが『安心して家庭に入れる』ように。
新たな使命感に燃え、俺はますます順調だった。

…ところが指輪を渡す前にKamiがいなくなってしまった。
俺は幽霊のようになってしまった。
どこをどう数年生きていたのか思い出せないがとりあえず大学は4年で卒業したが巨大な借金を
背負いながら俺はどうにかちいさな店をスタートしてとりあえず社長にはなれた。
会社のローンをばっちり返済した。
数年前1人暮らしを始めた。
ただ、家はあっても高級車は持ってないし香港に別荘はない。そしてモテない。
ここ数年はたっ君も少し痩せたのとコーンロウになったせいで若い女の子に逆ナンされたり電車の中や
買い物に行ったお店の中で声かけられるようになったがわりとどうでもいい。そもそもモテることに
あまり興味がない性格なのでこれはどうでもいい。女の子と話したければ安いガールズバーへ行くだけ。
現実はこんな物、とは思いつつも。



要するに、
Kamiのあのでかい尻に敷かれながら一生馬車馬のように死ぬ気で働く。それが俺の生きる道だった。


毎日Kamiの作ったお弁当を持って自分の会社へ出勤する、それが僕の本当の望みだった。
夜遅くに仕事から帰ったらおしゃべり好きのKamiが好き勝手に自分のことや近所のうわさ話をべらべら
しゃべっているのを右から左に受けながら晩飯を食いながらテレビのスポーツニュースを見る生活がなによりも僕の理想だった。
片手に生ごみの袋、片手にアタッシュケースで出勤するのだ。

男は外で働くもの、家の中のことには一切口出ししない。
それは子供の頃から誰かに教えられたわけでもなく信じていた言葉だ。
そしてもう一つ、某超超大手企業の支社長まで上り詰めた親戚に中学生の頃に教えてもらった金言がある。
『嫁さんの作った料理に文句を言う男は…(ここで間を置く)クズだ』
要するに家の中のことは男がぐちゃぐちゃ言う暇があったら働けと。
最悪飯のまずい人をもらったとしても
うまい料理が食べたかったら文句を言う前に自分が金を稼いで外食するなり作ってくれる人を
雇えばいいってことだろう。
そのためには仕事に集中しろと。
素晴らしい言葉だと当時中学生の僕は思った。


たっ君のような過集中モーレツ系男子は仕事に過集中すると仕事以外のことに興味がなくなるので
飯も食わなくなるだろうし健康管理なんてできない。かなり危なっかしい。
つまり家庭を守り、僕を尻に敷いてうまくあしらうタイプでないとだめだ。
いわゆるカカア天下というやつで、僕は喜んで尻に敷かれることで
安心して仕事に集中できる。
結果がすべて、数値がすべてだ。
ふんわりとファジーに生きるなんて一生僕にはできないだろう。
仕事以外はだらっとしててもいい。ただここ1番はがっちり働く。



僕をバカにする人もいるだろうし僕らのようなKamiファンを悪く言う一部のマリスファンもいる。
それでも確かに僕はKamiとの未来を信じて生きていた時間がある。
それを否定するような発言をする人は許さない。
がむしゃらに生きてきた僕の時間を否定しないでほしい。
そしてこれからも死ぬ気で死ぬまで働き続けるたっ君のことをとめないでほしい。


さだまさしの歌に関白宣言と言う歌があるが、関白宣言しておきながら

蓋を開ければ関白失脚の方で尻に敷かれまくるのがたっ君なのである!

そもそもこの関白宣言の歌だって偉そうに言ってるけど自分の心の弱さを
歌ってるんだよね。
とくに『俺より先に行ってはいけない』から『必ず言うから』までの
下りはほんとうに僕もそう思ってたから。今でもこの部分はきくと悲しくなる。

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僕とキミの17年
今日はKamiがいなくなって17年です。
Kamiのイラストを年2回描くのもデザインに困っていました。
というのも、新しいKamiの写真が出てこないからです。
でも、今年ふと思ったのが、Kamiがいたら再会の血と薔薇や虚無の中の遊戯やGardeniaは
どんな感じだったんだろ。とそうだ、それをテーマに描いてみよう。
ということでGardeniaのKamiというものをこんな感じかなーと捏造して作りました。
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Kamiはmaliceのメンバーで唯一黒よりも白やパステルカラーが多いキャラだったから
Gardeniaの衣装はKamiのイメージにあいやすくて考えやすかった。

口八丁手八丁で手先が器用で。わりと口数の少ないメンバーの中で1人おしゃべりで
明るい色の服着てて。
いい意味でほめ言葉で年取ったら『いい母ちゃん』『いいおばちゃん』になりそうだったのに。
小さな子供や動物にも優しくてKamiファンの年齢層は他のメンバーのファンより低かったと思う。
たっ君も含めて。


実際お兄ちゃんのいい女房役だったし当時Kamijoもお兄ちゃんのところで働いていたらしいんだけど
Kamiは世話好きの女将さん的存在でずいぶんお世話になっていろんな思い出もあるみたい。

あと、ヨーロッパ圏の人が日本のキャラのコスやると不自然だったりするけど
Kamiだけは日本人より外人がやった方がしっくりくるね。骨格的な物や目鼻立ちだと思う。

あと、Kamiとklahaは絶対に仲良くなれたはず。
klahaが引っ込み思案だからKamiがフォローしてあげてちょうどいいくらいだったのにな。

たっ君はたらればの話は嫌いだけどもしKamiが第3期のmaliceにもいたら…を
考えてしまうな。
でもそうなっていたらたっ君はずーっとKamiと一緒にいることになるから俊彦ちゃんに拾われる
こともなかっただろうし、一生まーたんを知ることもなかったのかな。
『F15Eのタッちゃん』のままだったろう。
Kamiは今の僕を見てどう思うんだろう。
墜落してスクラップ寸前の僕を俊彦ちゃんが13年以上時間をかけて修理してそこから機体を装換して
『F22Aのたっ君』になってまーたんを乗せて再び
空に上がったことを。

ただ、今の僕は墜落する前の自分と同じくらい怖いもの知らずの性格に戻ってきている
ような気がする。

ただ同じ怖いもの知らずでもF15E時代だった頃は『痛みを知らない』怖いもの知らず、
今のF22の僕は『痛みを知っているから』怖いもの知らず、
という違いがあるような気がする。
鼻っ柱が強くて反抗的な態度なのは今も昔も変わらないけど墜落したり被弾した痛みを知っている
からこそ強くなれた気がする。

何よりもいざとなったら新品以上に修理してくれる俊彦ちゃんと、機体としての
たっ君の性質を理解して操縦してくれるまーたんがいるからなんだよね。
俊彦ちゃんが僕を拾ってくれなかったら僕はどうなってた?
俊彦ちゃんに修理を受けている間もやっぱり墜落の恐怖は残っていた。
でも俊彦ちゃんは何も言わず僕を直してくれたんだよ。何発も被弾して双発エンジンも機体も全部壊れて
めちゃくちゃになっていたのに。いつまでもここにいていいよって。
幸ちゃんも『変わったやつがやってきたなぁ』と面白がってる雰囲気だったし、
姉さんはただ黙って相手するわけでも構ってくれるわけでもなく僕のことを見ていた。
そんな雰囲気で僕はALFEEに置いてもらうことになったんだ。
でも正直何度もmaliceに帰りたいと思ったよ。ALFEEの空気はmaliceと全然
違うんだもの。なによりもmaliceやLAREINEにいるのと違って他のファンの人達と
なかなか仲良くできなかった。それがつらくて帰りたかった。
でも帰れない。だって帰ったら
そこにKamiがいないことを自分の目で確認しな
いといけないからね。
何ヶ月も本屋さんでV系の雑誌見るのつらかったな。LAREINEのとこだけ読んでmaliceは
ササっととばしてた。
そうこうしているとmaliceが活動停止して完全にたっ君がmaliceに帰る、という
ことはできなくなってしまったけど、僕は俊彦ちゃんの治療を受けるのが精いっぱいで
それどころではなかった。これを言うとお兄ちゃんに怒られるかな?

そんなわけで僕はずーっとALFEEの格納施設でお世話になっていたんだ。
でも僕はもう一生実戦用として飛ぶつもりもなかった。
いつスクラップになるかは分からないけどこのままじっとしていようと。
そこへまーたんがひょっこり遊びに来た。
まーたんは勝手にたっ君のキャノピーを開けてのりこんでしまった。
僕は13年ぶりに墜落前の怖いもの知らずで飛びまわっていた感覚を思い出した。
本当に想定外だったし、僕が再び空に戻ること自体が想定外だったからね。

だからものすごく複雑な気持ちなんだ。


やっぱり思うよ、俺をこの世に残してくれてありがとう、でも俺を残してバカ野郎ってね。
たっ君は残されるのは嫌いなんだよ。

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