ALFEE大好き,Kamijo&Jupiter&EMIRUちゃん大好き,Kaya大好きでTakamiyとMarty Friedmanが激らぶなロリィタなドールサイト管理人のブログです。イラストあります。



プロフィール

杉浦達哉

  • Author:杉浦達哉
  • 杉浦達哉のサイト †Current†↓
    http://takamiygiselle.xxxxxxxx.jp/

    ○THE ALFEE(桜井=27番美白,坂崎=21番褐色,高見沢=16番美白)とMarty Friedman(36番美白)のお人形(フルチョイスSD)を扱ったサイトを運営しています。サイトの方にも遊びに来て下さい。僕についてもう少し詳しいプロフィールはここ
    拍手内のコメントやコメント欄のお返事は次回記事内でさせていただいてますよ。



最近の記事



最近のコメント



月別アーカイブ



カテゴリー



フリーエリア



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



やっぱりいい仕事をしてる
スカイクロラやっと見ましたよ。
大好きな押井監督だけど攻殻機動隊関係ないし,と思って先送りしてて
見てなかったんですが。

基本押井監督のものは美しい映像と綺麗な音楽とカッコいい映画
を楽しむものでストーリーとかは滅茶苦茶でもいいんですよ。
で,今回もやってくれたなーと感動。

押井監督の作画のどこが好きかと言うとキャラクターが本当に『いい目』
をしてるんですよ。
もちろんここのブログを読んでくれている方達には分かって下さると
思いますけど僕の好きないい目って言うのは良くも悪くも
『生き生きしていない目』なんですね。だからといって
『死んだ目』っていうとそうでもない。
そりゃそうだ。


はなから生きてもいないから死んでもいないんです。

そんな感じの目。
押井監督の描くキャラはそういういい感じの無機質な目と
リアルないきいきしたおっさんおばさんと極端に分かれるんだ。

それともう一つのこの映画の特徴。
キルドレという人種。
こいつらは思春期以降成長しないで病気にもならず,戦死しても
また遺伝子を作り変えてまた戦闘に行く。

…ちょっと待て。それなんて俺?
遺伝子操作してまたつくられるかどうかは無理だとしても,
かなりあてはまる面がある。
まぁ僕がもともと老化しにくい体質とか精神年齢が低め
だから関係ないと思うかもしれないが,僕だってはじめから精神年齢が低かったり
老化しにくかったわけじゃない。
少なくとも中学くらいまでは年相応だったか年の割に老けたものの考え方
をしていたと思う。
明かに思春期の間に僕は同級生よりも年下の存在になった。
きっかけはない。
単に周りが成長していっただけで僕に何かあったわけじゃない。

僕がクラスでみんなの弟扱いを受けるようになったのも高校くらいからだ。
大学に入ってもその扱いを受け続けた。

一緒に遊んでいた従妹にもどんどん追い抜かれて行った。
10歳以上年下の従妹にも追いぬかれてずいぶん経つ。
一緒にゲームとかの馬鹿話ができる従兄の息子達ももう2年もすれば
僕とは話してくれなくなるだろう。

僕が映画で一番身につまされたシーンがある。
草薙水素が,自分の妹を見て『もうすぐ自分を抜かしていくだろう』
と自分にいらついていた。
抜かされること,置いて行かれること,僕もたくさん経験したのでグサッときた。
それも仕方のないことだと諦めていたから普段は気にしていないつもりだった。
でもこうして明文化されるとうわぁ思い出させるなと思う。
僕を抜かしていった同級生や従妹や下級生達はもう僕と遊んでくれない
話しかけてもくれない,それがやっぱり辛いんだ。
でも相手だって僕と遊んでくれなかったり話してくれないのも
分かる。どう僕と接していいか分からないものね。
言ってる事や興味の内容が小学生3,4年レベルだし,(ウンコチンチンでずっと笑ってる)
何より見た目も未成年っぽいし(おでん屋でビールを頼むと隣の客がびっくりする)
声がクロちゃんみたいにキーキーしてるから。
結局みんなで集まっても誰も僕と話してくれないから黙ってリュックから
pspを出すしかないんだよね。で,はやくうちにかえりたいなぁとおもう。

僕が年上の人しか付き合ったり好きになれないのも
はじめから僕より上にいるから追いぬかされる心配がないからね。
だからお互いの立ち位置は変わらないから円滑に事が進められる。
同い年や年下でも僕のことを追い抜かしても遊んだり話してくれる人
がいたらその人のこと好きになるか分からないけど。

ただなぁ,僕がこういう立場に生まれても変に達観していて
しかたのないことって割り切ってるんだよ。
もしその人が僕のことを抜かしていって遊んでくれなくても
しかたがない。また遊んでくれる次の人を見つければいいだけの話。
これをもうずーっと繰り返してる。

もうなれたはずだけどたまーにこういう明文化されるとグサッとくる
んだ。
もう分かってる,分かってるんだって。


映画の内容はストーリーよりも映像とかそういう断片的なシーンが印象
あったです。
innocence程ではなかったけど押井さんはやっぱり押井さんだなぁと
感慨にふけったのでありました。


スポンサーサイト

テーマ:感想 - ジャンル:アニメ・コミック


すげぇ!!
200806171350000.jpg


今日,バカボンのぺロティがあったのでびっくりした!!
で,他にも釣りキチとか8マンとか出てきて,どうなってんだ?と色々探したら,
これが出てきましたよ,これ。
めっちゃ嬉しい~。
こんなものもチョコになる時代になったのね。
もう明らかに対象が大きいお友達向けだな。
包装も他のキャラとか載ってる。
\98はちょっと高いんじゃねーの,だけど,まぁいいか。

テーマ:お菓子 - ジャンル:グルメ


まるごと押井さん。
こないだ押井監督の特番をやっていた。嬉しかった。
見た目は『???』なおじさんだけど,すごい人なんだなぁ。
実は僕は子供の頃から押井さんの映画を押井さんの映画と知らずにずっと見ていたのだ。
御先祖様万々歳(麿子も含む)もパトレイバーもみんな押井さんが作ったものだと知ったのは大人になってからのことだ。

この人の作る映画は一見分かりにくいけどものすごくシュールで,へんてこりんで,ちょっとカッコイイ。

ちなみに僕的ランキングは
1位 innocence
2位 GIS
3位 OVA版パトレイバー
だな。

なんでアップルシードも押井さんが監督を買って出てくれなかったんだろ?そうすればもっとましなもの見れたじゃないの!!

押井さんと言えばあの独特のしゃべり方と態度だけど、僕は押井さんのああいうとこがなんか自分に近いものを感じる。僕もそうなんだけど,あんまり大声でしゃべったり笑わないし,盛り上げたり拍手も全然しないけど,本人は別に楽しんでないわけじゃないんだよね。アクションを起こされたらちゃんと反応はするし,自分の世界観を面と向かって伝える事は苦手じゃないから。ただ,自分の世界観をかなり強く持っててあまりにもそれがオリジナリティ過ぎてよその人の世界と迎合するのがものすごく下手なのよ。みんなと一緒にやるのがカッコ悪くもあり,照れくさくもある。でも勘違いしないで欲しいのが,顔が無表情であんまり目に見えるリアクションが出来ないからって機嫌が悪いわけでも嫌がってるわけでもない。本人は本人でその場で楽しんでるつもりなんだよね。んーと,ここら辺の話は以前MAYUちゃん宛てのメールにも書いたと思うけど。

そういえば御先祖様万々歳また見たいなぁ。麿子にしても野明にしても少佐にしても押井監督の作るヒロインは,本来の『理想のヒロインとはこうあるべき』と言われてるものを一切無視して作っている。その姿勢が好き。そろそろ次回作も見てみたいなぁ。まったく新しいものもみたいけど,また攻殻畑に戻ってきてください。お願いします。

テーマ:アニメ - ジャンル:テレビ・ラジオ


これはこれで最新作。
攻殻機動隊solid state societyをレンタルしてきました。
一応ネタばれを含みますゆえ,すでに見た方,別に構わない方のみクリックしてくださいませ。
...READ MORE

テーマ:攻殻機動隊 - ジャンル:アニメ・コミック


原作者と物語の流れの優先事項について
以前,僕が攻殻機動隊の人気キャラクター,タチコマが人気があるにもかかわらず,ドラマの終盤で機能が停止してしまったことについて異議を唱えた際に,わが尊敬するブログ,『ゴーストの囁き』管理人の課長様から,『テレビシリーズは,最後は原作に全てを返すということになっていた』と伺った。つまり,テレビシリーズのオリジナルキャラクターであるタチコマはいずれにしてもこの時点で消すことが必然だった,ということになる。
当初,僕はこの言葉の意味が飲み込めなかった。
魅力的なキャラクターだけに,アニメはアニメとして独立してその存在を維持するべきだ,と。

しかし,その直後,僕は部長様の言葉の意味をなんとなく,少しずつだが,理解することになる。

そのきっかけは攻殻の最終回を見てから数週間後に見た,映画『オペラ座の怪人』(2004年公開版)だった。僕は子供の頃から,この悲しく美しい童話(?)が好きだった。
だから映画も同じような物語を期待していた。しかし,最後の最後で裏切られた。ラストの一齣に現れる黒いリボンのついた薔薇。この描写はまるで『オペラ座の怪人がまだ生きている』とにおわせるような表現である。
結論から言って,蛇足であるばかりか,ストーリーの意味を根底から覆してしまっている。
僕が読んだ本のラストは確か,エリック(オペラ座の怪人)の死がひっそりと新聞の記事に掲載される,というシーンで唐突に終わっている。
しかし,映画ではあたかもエリック(なぜか映画ではエリックと呼ばれなかった。不思議だ)がまだ生きているような描写をしたため,なにもかもが台無しになってしまっている。これではまるでB級ホラー映画と同じである。いくら映画はオリジナルとは別物とはいえ,根底を覆してしまっては,どうしようもない。

つまり,エリックの死というファクターは,とても必要不可欠な意味を持つ。それはエリックが浄化されて,恐ろしい怪人でなくなるには,彼自身が納得して受け入れられる形の『死』という手段がどうしても必須だ。物語はエリックを死なせることによってその魂を浄化させる。

つまり,この物語の意味は,ラウルとクリスティーヌ,あるいはエリックとクリスティーヌの恋愛物語ではなく,エリックという極めて一個人の男の魂の救済の物語である。しかし,映画での『オペラ座の怪人』は,この大切な本質を無視して,エリックの息の根を確実にしとめなかった。これは大失敗である。(主演のエミー・ロッサムも問題あり。歌と鼻の穴と歯を何とかするべし)
仮にもし僕が監督だったとしたら,エリックの死は重要であると考えるから,ラストは何らかの形でエリックは死んだとハッキリと分かるシーンを提示した上で,エリックの魂が救われたということを明確にする描写で締めくくるだろう。

つまり,この時点で僕が理解したというのは,どんなに魅力的なキャラクターであっても,原作者の意図を理解尊重,あるいは物語の流れに従う為には,消さなくてはならないことがある,ということだ。それはタチコマもエリックも同じ事である。

また,例外として『ベルばら』のオスカルのように死亡することによってその存在が神格化され,さらに魅力的なキャラクターになる場合もある。この場合も,オスカルは魅力的なキャラクターでありながらも,砲弾にあっさりと倒れる。しかしそうすることによってオスカルの魅力は伝説化される。その辺りの効果を踏まえて池田理代子はオスカルを殺したのだろうし,もしテレビシリーズでオスカルを殺さなかったりしたらそれは池田理代子の意図を無視することになる。

以上の点を踏まえると,攻殻機動隊の原作者は士郎正宗であって,神山さんではない。つまり神山監督は,士郎正宗に対して敬意を払わなくてはいけない。本来士郎正宗の原作に登場しなかったタチコマを消すのは,士郎正宗氏に対する神山さんなりの敬意なのかもしれないと思った。
だからテレビの攻殻の最終回が原作のオープニングとシーンが繋がった,という部分も納得がいく。つまり全ての創造主の士郎正宗氏にもう一度攻殻を返還することの暗示である。

したがって,タチコマを消さざるを得なかった神山監督と,エリックの死を願った僕は方向性や状況が多少異なるが,その根底にあるものはそんなに違わないだろう。

当初,神山さんの行動を理解できなかったが,今は少し理解できるかもしれない,と思っている。
もしかしたら攻殻の最終回を見てすぐに『2004年度版のオペラ座の怪人』を見て失望したのは,いいタイミングだったのかもしれない。

テーマ:攻殻機動隊 - ジャンル:アニメ・コミック